はじめに
中小企業の経営者の高齢化が進み、事業承継は社会的な課題となっています。後継者不在を理由に廃業する企業が増える一方、M&Aによる第三者承継も一般化してきました。
こうした中で、親族内承継を支援する税制として注目されているのが「事業承継税制」です。本稿では、特例措置と一般措置の違い、活用すべき場面の見極めを整理します。
論点1:事業承継税制の概要
事業承継税制は、後継者が非上場株式等を先代経営者から贈与・相続により取得した際に、贈与税・相続税の納税を猶予・免除する制度です(租税特別措置法第70条の7、第70条の7の2、第70条の7の5、第70条の7の6)。
一般措置と特例措置
事業承継税制には「一般措置」と「特例措置」の2つがあります。
- 一般措置:恒久的な制度。納税猶予割合80%(贈与)または100%(相続)
- 特例措置:時限措置(贈与・相続が令和9年12月31日まで)。納税猶予割合100%
特例措置は時限的な措置ですが、納税猶予の対象範囲が広く、雇用維持要件も柔軟になっています。事業承継を検討中の中小企業にとっては、特例措置を活用するチャンスが残されている期間です。
論点2:特例措置のメリット
特例措置は、一般措置と比べて以下の点で優れています。
対象株式の拡大
一般措置では、納税猶予の対象となる株式は発行済議決権株式総数の3分の2が上限でしたが、特例措置では全株式が対象となります。
納税猶予割合
贈与税の納税猶予割合は、一般措置では80%でしたが、特例措置では100%となります。これにより、贈与時の現金負担がゼロとなります。
雇用維持要件の緩和
一般措置では、5年間の平均雇用が承継時の80%を下回ると、納税猶予が打ち切られていました。特例措置では、80%を下回っても、その理由を記載した書類を提出すれば、納税猶予が継続されます。
経営承継期間後の譲渡
特例措置では、経営承継期間(5年)経過後に株式を譲渡した場合、譲渡対価相当額のみが納税猶予の打ち切り対象となり、それを超える部分は引き続き猶予されます。
論点3:特例措置の要件
特例措置を受けるためには、以下の要件を満たす必要があります。
特例承継計画の提出
特例措置の適用を受けるためには、認定経営革新等支援機関の指導・助言を受けて作成した「特例承継計画」を、令和8年3月31日までに都道府県に提出する必要があります。
- 会社の概要(事業内容、株主構成等)
- 特例承継計画期間(5年間)の事業計画
- 後継者の経営見通し
計画を提出しても、実際の贈与・相続を令和9年12月31日までに実行する必要があります。計画提出から贈与・相続まで、十分な期間を確保することが重要です。
先代経営者・後継者の要件
先代経営者については、贈与時または相続時に代表者を退任していること、過去に同族関係者と合わせて議決権の50%超を保有していたこと等が要件となります。
後継者については、贈与時または相続時に代表者であること、3年以上役員であったこと等が要件となります。
論点4:M&Aとの比較
親族内承継以外にも、M&Aによる第三者承継という選択肢があります。事業承継税制とM&Aは、それぞれメリット・デメリットがあります。
事業承継税制の長所・短所
長所は、親族内で事業を継続でき、税負担が軽くなる点です。短所は、後継者の経営能力が不可欠であること、納税猶予が長期間にわたって続くため経営判断に制約がかかる場合があることです。
M&Aの長所・短所
長所は、対価としてのキャッシュを得られること、経営から完全に退けることです。短所は、譲渡所得税が発生すること、従業員や取引先への影響が大きい場合があることです。
実務上の留意点
- 特例承継計画の提出期限(令和8年3月31日)まで、約1年。早期の検討が必要
- 特例措置の適用は令和9年12月31日まで。実際の贈与・相続もこの期間内に行う
- 認定経営革新等支援機関(税理士、公認会計士等)との連携が必須
- 後継者不在の場合、M&Aを並行して検討する
塩野公認会計士事務所の見解
事業承継税制の特例措置は、中小企業の事業承継を強力に後押しする制度です。しかし、適用を受けるためのハードル(計画提出、要件確認、5年間の事業継続等)も低くありません。
「制度を使えば税負担がゼロになる」という表面的な情報だけで判断せず、自社にとって本当に有利な選択肢かを慎重に検討する必要があります。当事務所では、事業承継税制の適用可否診断から、M&Aを含めた選択肢のご提案まで、包括的にサポートいたします。
※ 本記事は執筆時点の法令・通達等に基づき作成しております。最新の制度や個別事情により取扱いが異なる場合がありますので、実務への適用にあたっては最新情報をご確認ください。ご不明点があればお気軽にご相談ください。